2004
2004年山行のまとめ
1.ダイクラ尾根の敗退は、体力不足か。
決して納得しているわけではない。しかし、実際に2度も失敗しているのでは、反証がむずかしい。
次回、挑戦するときは、気温が低い初夏か初秋に日帰り登山をするか、山小屋泊まりで登るしかないだろう。
2.朝日連峰の南側は、大切にしたい地域である。
春、夏、秋に新緑、花、紅葉が楽しめた。登山口が奥深い分だけ、自然が長く維持できる。次回は、新緑と紅葉の時期に何度か訪ねたい。
北側から登るより、登山口までの所要時間が2、3時間短縮できるのがいい。
その分、歩く距離がながくなる。
3.週末登山回数が増えると減量できる。
暴飲暴食をしないで、週末に五頭山などの近い山に、足繁く通った。目標の3kgの減量ができている。
回数が増えると、毎週同じ五頭山へ行くのは、さすがに飽きがくる。変化をつけるために菅名岳や菱ヶ岳を入れて順番に登ったりした。
雨でも登るには、レインウエアが必需品になる。
4.登山者の年齢構成が変わった。
かつて、登山は若者のスポーツと見られていた。しかし、今は熟年者のものに変わってしまった。
他のスポーツと同様に、登りのつらさ、汗臭さが若者には敬遠されているようである。
飯豊・朝日連峰の山小屋がさらに整備されていくと、もっと多くの熟年登山者がやってくるだろう。
山で会う、熟年登山者はみな色、艶がいい輝いた顔をしている。
5.五頭山にはオールシーズンで登山者がやってくる。
登山口の駐車場の車は、年々増加傾向にある。同時に季節を選ばず登る人が多くなっている。
登山者が自分ひとりということは、まれとなっている。
四季を通じて登る人がいるということは、くるたびに新しい発見と感動があるからに違いない。
健康維持を目的に登る人もいるのだろうが、まったく同じ顔ぶれとも思えない。
6.今一番輝いているのは熟年世代である。
冬ソナに代表される韓国映画が、日本人の心をとらえた。
もっとも強く反応したのは、どうやら熟年世代のようだ。
定年で社会の第一線から退いてから、経済的な余裕を背景に精神的にもゆとりがあるようだ。
今まで歩いてきた道程を、韓国映画の中で自分を2重写しにして振り返って見ているようだ。
自らの体験と共振している部分があるから、映画のシチュエーションが絵空事で無く自分そのものとしてとらえているのでは
ないだろうか。自分にとって映画でなく現実なのだと。誠実や忍耐は、熟年者にとってけっして死語ではないからだ。
山を訪れる登山者の構成も変わった。熟年者が多くなったのだ。今まで毎日、通勤で会社に向かっていた人たちが、
今、大挙して山に押しかけているというイメージが脳裏に浮かんでしまう。
テレビで韓国の冬ソナの舞台である、春川を訪れた熟年者のグループのインタビューを見た。
皆、輝いていた。同様に、山にやってくる熟年者のグループの人たちも輝いている。
現役世代としてみていると、うらやましい。