2010
五頭山/912m
Wednesday 11 August 2010/晴れ
新津(6:40) (7:20)どんぐりの森駐車場 (8:20)三の峰 (8:30)前一の峰(8:40) (9:30)どんぐりの森(9:40) (10:20)新津
2ヶ月ぶりに登る
今日は、夏休み。およそ2ヶ月の間に、いろいろなことがあった。すべてを書くわけにはいかないが、登山に関して言えば、間が空いた理由は、次のとおり。
第1に、時間に余裕がなかった。第2に、暑すぎた。しかし、秋に向けて、高山に登るのであれば、それなりに、体力、筋力が必要となる。
2ヶ月のブランクが、どのように影響しているか試したいし、あらかじめトレーニングが必要なのは自明である。
久方ぶりに登ってみた。
結果は、心配したとおり、苦しいのぼりであった。
体重はあまり変わらないが、どうやら筋肉が落ちて、腹などの脂肪が増えたようだ。
しかしながら、所要時間に大きな変化はなかった。
最初の30分は、苦しかったが、後半は順調であったようだ。
平日だが2桁の人出であった
駐車場に着いたとき、すでに車が8台あった。
出発時に、1名の下山者に会った。
涼しいうちに登ったのだろう、5時頃に登ったことになる。
前一の峰には、2名の登山者が、遅い朝食か、早い昼食をとりながら、談笑していた。
家を出たとき、五頭山は厚い雲に覆われていた。
そのせいか、山頂付近の樹木の葉には、雨滴がたくさんついていた。
アブがいたが少なかった。しかし、油断してさされた。
しばらくこなかったうちに、登山道が修復されていた。
5合目と6合目の間の登山道には土嚢が積まれていた。また、7合目と8合目の間の登山道には丸太が階段状におかれていた。
「坂の上の雲」を読む
山行が留守がちになったあいだに、「坂の上の雲」司馬遼太郎著を読んだ。面白かった。
日露戦争で、日本がロシアに勝ったのは奇跡であった。
世界からは未知の極東の小国日本が、欧州の軍事大国ロシア帝国になぜ宣戦布告し、勝たねばならなかったか、私なりに理解した。
第1に、日本は、ポーランドやフィンランドのように、ロシアの属国になることを受け入れられなかった。日清戦争で日本が勝利したにもかかわらず、ロシアの強欲により、なにも手にすることができなかった。ロシアは、清国の東北部を植民地化し、アジアに版図を拡大しようとしていた。
一方、日本は明治維新後、列強に追いつくために、急速な近代化をはかり、アジアとの貿易が死活問題となっていた。
第2に、日本は、陸軍、海軍とも近代化に成功した。
軍の近代化について、海軍は英国から、陸軍はドイツから学んだ。
特に、海軍は、幹部の首をすげかえて一挙に近代化を図った。
日本は、たいした輸出品もない農業国のため、英国民やユダヤ系財閥の資金を借りて、軍艦を購入した。
第3に、日本海にロシア戦艦の存在を認めることができなかった。
当時、近代化をはかる日本にとって、中国大陸との海上輸送路の確保はどうしても必要な生命線であった。海軍は、もしロシアと戦争になったら、1隻も残らず撃沈しないと、勝利とはならないことを認識していた。
明治維新後の日本人は、まったく楽天的であったようだ。
坂の上の白い雲に、未来の幸福を描きながら、ただ、坂をひたすら登っていったようだと著者は言っている。