1997
飯豊山(2105m)・ダイクラ尾根
Sat.Aug.30.1997/曇り
新津(5:00) (6:40)飯豊山荘(7:00) (7:50)桧山沢吊り橋 (10:00)休み場の峰 (11:00)千本峰 (12:30)宝珠山 (14:30)飯豊山 (15:30)御西小屋(泊)
Sun.31/曇り
御西小屋(5:00) (6:00)大日岳(6:30) (7:30)御西小屋 (9:30)梅花皮小屋
(10:00)北股岳 (10:30)門内小屋(11:30) (12:30)地神北峰
(14:10)飯豊山荘(14:30) (14:40)梅花皮荘(15:10) (17:00)新津
(1日目)
山登りの練習は、山登りしかない。
誰かがそんな話をしていた。
ダイクラ尾根の登りが、そのことを証明していないだろうか。
20kgほどの荷物を背負って、高度差1500mを8時間かけて登り続ける練習が、他の方法でできるだろうか。
息の長いプロジェクトを大勢でやっていると、完成してもあまり達成感を感じない。とりあえず自分の義務を果たしたという安堵感のみである。
山登りは1泊2日で充実した達成感を味わえる。
ダイクラ尾根ののぼりでは、とりわけ大きな満足感が得られる。
桧山沢の吊橋から800m地点まで高度を稼ぐ急登が続く。
さらに1320mの休み場の峰まで、緩急あるが単調な登りが続く。
千本峰(1400mほど)から宝珠山(1800mほど)まで、大きなupと小さなdownが繰り返す。
宝珠山のあたりの小峰は、岩稜で草木がへばりついている。
登山道も崖を横切ってついている。
残雪期には、きっと雪渓をトラバースすることになるだろう。アイゼン、ピッケル持参でも、足がすくむに違いない。
小峰を西側にまく道から深い谷(桧山沢の支流と思われる)をはさんで対岸の山々が見える。
残念ながらガスで山頂は見えなかったが、クサイグラ尾根と烏帽子岳と思われる。御西岳から飯豊山へ続く稜線が見える。
宝珠山を超えると一旦少し下ってから、本山への急登が待っている。
1800mから1900mが、特に苦しい。
1900mを超えたあたりから山頂まで緩くて長い登りとなる。
飯豊山荘から8時間、登りはじめて7時間で、やっと飯豊山頂にたつ。
本当によく登ったという感じがする。
曇りであるが、ときおり雲間から射す日差しは、するどく皮膚を焼く。
用意した2Lの水は、本山でほとんど飲み尽くされる。
3年ぶり2度目の登りであった。
途中出会った登山者は3人であった。
1500m付近だと思うが崩壊した登山道に、迂回路が設けられていた。
まことにありがたいことである。
山頂はガスに覆われ、風があった。
Tシャツ1枚では寒くて長い休憩はとれない。
山頂のほこらに道中の安全を祈願して御西岳へ向かう。
本山から御西への稜線は、もう秋の気配が漂っている。
ダイクラ尾根では、イイデリンドウとトリカブトが鮮やかな紫色を競いあっていた。御西岳の手前にはマツムシソウが咲き乱れていた。
しかし、全体としては狐色の草紅葉が始まり秋色を呈している。
御西小屋では10人ほどの登山者が1・2階を適度に配分してリラックスして泊まれた。
南の大日岳、北の北股岳、梅花皮岳、烏帽子岳は、よく見えるが二王子岳は、ボンヤリとして形がわかる程度である。
日本海はガスで見えない。しかし、阿賀野川と思われる川筋が太陽を反射して光輝いている。
日没は雲に邪魔され、太陽がちぎれたようになっている。
日没までのしばらくの時間は、風が弱まり、やさしいひざしを浴びながら、小屋の外で無線を楽しむことができた。
0エリアの4局と交信できた。地元7エリアでは、会津若松の1局と交信しただけだった。
山頂から144MHZ帯で波を出すのは久しぶりであった。
他の登山者が430MHZ帯で交信していたことと、めずらしく144MHZ帯で空きチャンネルがあったことによる。
小屋に戻って、御西の水場で十分冷やしたビール350ML2缶と10時間歩行の疲労で3時間グッスリ睡眠をとることができた。
夜中に起きて小屋の外にたつと、会津と新潟の両方の夜景を楽しむことができた。
(2日目)
4時半に起き軽い朝食を済ませ大日岳に向かう。
風が吹いたせいか葉の上に朝露は、ほとんどない。
ガスで山頂は見えないが天気はよくなる予報であった。
山頂につくまでにガスが晴れることを期待した。
しかしながら、ガスはこの日1日中、飯豊連峰の峰々を覆ったままであった。
御西岳から大日岳までは、1時間ほどで行ける。
頂上直前で下山する先行者とすれ違う。
山頂はガスで何も見えない。
朝の6時に無線で呼びかけて応答があるか心配したが、声をかけると6局からコールがあり驚いた。休日になると早起きになるのは私に限ったことでないことを確信する。
飯豊連峰の北、杁差岳方面は、ガスが晴れていることを無線で知る。
コールが途切れたところで下山する。
大日岳への往復は当初の予定にいれてなかったので2日目の縦走はプラス2時間となり、かなりきつくなることが予想される。
飯豊連峰の縦走は、2年ぶりである。登山道が手を加えられ、よく整備されており、心から感謝申し上げたい。
天狗の庭の登山道は、山の反対の南面に新道が作られた。
また、扇の地紙と地神山の間は、従来の北斜面にある旧道の他に稜線上に新道が切り開かれていた。
御西小屋と北股岳の間できつい登りとなるのは、烏帽子岳と北股岳である。
いずれも度重なる小休止をいれながらの登りとなる。
烏帽子岳の手前の赤岳沢は、足元から一気に落ち込む深い谷である。
多くの北面の沢には、まだ雪渓が残っている。
2年前の残雪期、梅花皮小屋から烏帽子岳まできて、ガスと雪渓で道を失いリタイヤした。
原因は、クサイグラ尾根を誤って下山したのである。
途中で道がブッシュに消えたところで気づいて、あわてて登り返した苦い経験がある。
その場にたって冷静に回りを眺めてみれば、縦走路との違いを思いだしてもよかったはずである。
梅花皮小屋から烏帽子岳にくると、次は急な下りが正しい。
クサイグラ尾根への道は、ゆるい下りである。
ガスの切れ間に、尾根上に大きな木々が見えたが、これはクサイグラ尾根の特徴である。
御西岳への縦走路に大きな木は、1本もない。
烏帽子岳や梅花皮岳の山頂は狭く、足元から谷底まで一直線に斜面が落ちている。
余りの高さにメマイを感じる。
烏帽子岳からは、梅花皮岳の斜面の向こうに梅花皮小屋が見通せる。
梅花皮小屋の水場は、いつきても水量が豊富で冷たくておいしい水を提供してくれる。
ここで水を2L詰め替える。
ここまでに4人の登山者と挨拶を交わす。
北股岳山頂までは小屋から30分ほどかかる。
途中、白い花弁と中央に黄色の雄しべらしきものをつけた小さな花が咲き乱れていた。
山頂のほこらに下山の安全を祈る。
北股岳山頂から門内小屋と梶川尾根が望める。
疲労と空腹で足が上がらなかった。
下山したらさぞかしビールがうまいだろう。エビスか黒ラベルがいい。などと考えていると少し元気がでてくる。
門内小屋で早めの昼食をとる。
日帰りの登山者は、この小屋を目標に登ってくるようだ。
いよいよ下山である。
私は、丸森尾根の方が好きである。
丸森尾根は、登りが4時間半、下りが2時間半のコースタイムである。
一方、梶川尾根は、登りが6時間、下りが3時間半である。
地神北峰と扇の地紙間の40分を加算しても丸森尾根の方が短時間で登り下りできる。
ビールを早く飲みたい一心で予定より早く下山する。
途中、昨年より崩壊箇所が拡大した登山道を通った。
雪崩が木々や表土をはぎ取ったようだ。
暑い夏、とぐろを巻いたヘビを見ないで、この尾根を通ることはない。
飯豊山荘の緑の屋根が見えると、登山道は岩場となる。強烈な夏の暑さが戻ってくる。
駐車場は、満杯ではないが、かなりの車で埋まっている。
飯豊山荘の前の水場(天狗平ぶなしずく)で、水をガブ飲みする。
梅花皮荘で新装なった温泉につかる。上の飯豊山荘の湯と同じ赤色をしている。
500円である。9時間にわたる山登りの仕上げに温泉は最高の贅沢である。