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1998

 飯豊連峰・頼母木山(1708m) 

Fri.24.Apr.1998/曇りのち雨
新津(4:50) (6:00)道の駅・関川村 (6:50)国民宿舎梅花皮荘 (8:30)十文字ノ池 (9:50)西俣ノ峰 (14:00)頼母木山 (14:10)頼母木小屋(泊)

Sat.25/雨
頼母木小屋(7:00) (8:40)三匹穴 (9:30)西俣ノ峰 (11:30)梅花皮荘(12:00) (14:20)新津

出発は、予定どおりであった。しかし、昨夜準備にてまどり睡眠不足となる。運転中にあくびが何度もでる。登山口までのルートは、水原町、出湯、R290、R113、小国町、梅花皮荘である。途中、黒川村、関川村からエブリサシ岳の黒と白のまだらの姿を望める。春ではあるが、曇りのおかげでかえって眺望がきく。朝早くから田植の準備で、多くの水田にトラクターが駆け回る。梅花皮荘に、予定どおり到着する。建物の前の公園の桜がもう葉桜である。地面に花びらが散っている。今年は、少雪に加え温暖な日がつづいたための現象と思う。雪消えの早さが2週間はやい。奥川入の水芭蕉とカタクリがたくさん咲いている。

登山口の沢の雪がまったくない。こんな状態は過去2回ともなかった。雪がなく沢の水がすくなかったので、通り過ぎてから気付いた。雪消えが早いため今年ゴールデンウイーク前に休みをもらってきたが、雪庇が落ちてきびしい薮漕ぎを余儀なくされる予感がする。道路右側の登山口の木に赤布がつけられているので、それが目印となる。登り始めると、赤い椿、ピンクのツツジ、ピンクのイワウチワが登山道の左右に咲いている。しばらくすると両手をつかわないと登れない崖がある。ひたすら登り高度を稼ぐ。下界の杉林や玉川が振り向く度に小さくなる。尾根上に上がると西俣ノ峰が正面に見える。緩い登りを続けると十文字ノ池に到着する。池の手前から雪が現れる。ここから雪庇歩きが楽しめる。少休止して、ダイクラ尾根、梶川尾根の写真をとる。残念ながら飯豊山は、雲の中であった。

アイゼンを着け、西俣ノ峰にむかって登る。雪庇が落ちてわずかに登山道が残る夏道をのぼるのは1回だけだった。西俣ノ峰の手前の稜線は、土がでていた。西俣ノ峰に合流すると頼母木山までのルートが見える。枯松峰、三匹穴、雪渓、山頂手前の笹薮が見通せる。ルート右側(西側)にエブリサシ岳がそびえる。三角形の鉾立峰が目印になる。枯松峰までは、1回薮漕ぎするが、雪庇上の小さなアップダウンを繰り返す。枯松峰付近は広い、ホワイトアウトとなると危険である。雪庇の端を確認しながら左側を登るしかないだろう。枯松峰から少しばかり下りとなる。過去3回ともここはきびしい薮漕ぎである。雪庇が早い時期に崩落するところである。鞍部に到着すると、ここから三匹穴まで長い急登となる。寝不足の影響が現れる。10mのぼっては、息を整えることを繰り返さないとさきに進めなくなる。

三匹穴上部の一段高い薮の中に慰霊碑がある。今年は雪が少なくこの薮を横切るのが大変であった。雪が少なくて早めに潅木が雪の下からあらわれて通行を邪魔するためである。この薮をこえると長い雪渓歩きとなる。わたしは今回赤旗を持参した。いつもは連休中にくるので踏み跡や赤旗、赤布に助けられて登り降りできた。しかし、今回は少雪を見通して連休前に登るため、ルートを間違わないようにするため赤旗を20本準備した。赤旗の作り方がわからなかった。インターネットで検索したが、作り方まで突き止めることができなかった。参考までに私の作ったものと、小屋で登山のベテランから教わった作り方を示しておく。

(私の作った赤旗)
材料は、河原のヨシを1m長にきったもの。赤布は5cm幅30cm長の短冊型に裂いたもの。作り方は、端に事務用糊を2cm幅に塗りヨシの先端1cmを残したところに巻き付ける。これでは雨と風ではがれて赤布がなくなり下るときに助けにならないと困るので、赤布とヨシの接着面の1箇所を糸で巻いて固定させた。問題点は、材料がヨシのため薮漕ぎで6本が折れ、1本がなくなったことである。
(ベテランの赤旗の作り方)
材料は、直径1cmの竹である。長さは、1mと1.5mで、長い方は新雪が降る時期に使い、短い方は、今回のような残雪期に雪がかたまってから使う。赤布は、三角布で15cm幅30cm長である。赤布の短辺5cmにボンドをぬり竹の上部に巻き付けて乾燥させるだけである。確かにこれだけしっかりしたものであれば2・3日後に下山しても、まだしっかり雪面に残っているだろう。難点は、竹の調達である。

三匹穴から雪渓の上に場所を選んで赤旗をさしていった。まず最初に慰霊碑の薮を横断する入口の木に赤布を結わえ、その近くの雪渓上に2本赤旗をさし、それ以上雪渓を下ってはならないことを示した。雪渓上は、なるたけ右側の薮から10m前後で、ガスで視界がきかなくとも薮に沿って下山すれば、赤旗を見つけられるように赤旗をさしていった。薮がカーブしているようなところでは、カーブの先端にさしていった。雪渓のぼりの途中で雨がひどくなり見通しがきかなくなる。山頂手前の小ピークと思われるが、昨年は、雪渓上を回り込んで薮漕ぎしないですませることができたが、今回は少雪で雪渓が早く後退して、薮がかなり下まででてきたためかなり下の急な傾斜の雪渓をトラバースすることはできなかった。そのため傾斜が急な薮を高い方に向かって登ることにする。はい松が前進を阻み、アイゼンが足元を不安定にするため、かなりの時間を要して高台に到着する。雨のため本来見えるはずの山頂がどこにもなく、途方にくれる。高いところにいかないと道を間違えたことになる。しばらく回りを見ているとガスに見えた部分の一部が雪渓でその上に山頂の薮が微かに見えたので、雪渓にむかって薮を横切る。この薮は潅木と笹がおおっているが、笹の部分を選んでいくと歩きやすい。ただ、笹薮を迂回してとおっているうちに方向を見失う危険がある。山頂手前の最後の雪渓を登りきると、これも最後の薮漕ぎとなる。それをこえると頼母木山頂にいたる。石柱の山頂標識と地蔵様がある。いつもより所用時間がガスと薮漕ぎで2時間超過している。7時間かけて到着した。ダイクラ尾根なみのハードなのぼりであった。小屋に向かう。すっかり夏道が露出している。雪庇も後退して縮小している。

頼母木小屋には、2名の先行者がおり、エブリサシ岳へピストンしていた。全身雨と汗でずぶ濡れとなり、さらに靴の中は、徒渉したかのように水浸しである。さいわい着替えをもってきたので、快適に過ごせる。室温は15度であった。夕方もどった2人と山登りについて有益な情報交換をすることができた。赤旗の作り方もその貴重な情報のひとつである。1名は、梅花皮小屋でさらに1泊し、石転び沢をくだる。もう1名は、西俣ノ峰を下るとのことで、私は、一緒に下ることを申しでて、ひとまず安心した。全部で3人で、夜遅くまで酒宴が続いた。

(2日目)
昨晩から雨が降り続く。外は真白く視界は10mである。7時に全員が小屋をあとにする。頼母木山頂手前の分岐点で、梅花皮小屋にいく1名と分かれる。残りの2名は、西俣ノ峰を下る。視界が悪く、昨日、雪渓から薮漕ぎした地点がまったくわからない。山頂手前の小ピークまできたが方向さえ明確でない。直感で方向を決め薮を下る。かなり下るが雪渓らしいものが現れない。ベテランの同行者がコンパスを取り出し地図で方向を確認し、方向を右に定め、さらにしばらく下る。雪渓が目の前に現れたとき、とりあえず一安心したが、下る方向がわからない。薮に沿って登ってきたので、薮に沿って下ると、赤旗があらわれ、このときはほんとにほっとして胸をなでおろした。ホワイトアウトとなると記憶はたよりにならない。予感があったとはいわないが、今回赤旗を持ってきて本当によかった。赤旗がこれほど助けになるとは思わなかった。

私は、残雪期の飯豊連峰を好む。連休に登る飯豊山は、すばらしい。しかし、剣ケ峰や松平峠・疣岩山は、こわいところがある。西俣ノ峰コースは、頼母木山の山頂近くまで雪庇や雪渓歩きが楽しめ気に入っている。しかし、やはり他人には勧められない。このコースは支尾根がとても多く、また長い広い雪渓があり、ガスがでると方向を失いやすい。実際、遭難者が多い。下山時のこのコースの難所を記しておく。
1.頼母木山頂の直下の薮が広く、途中雪渓が薮で分断されると、薮から雪渓に降りるところが、怪しくなる。ガスがでたらコンパスと地図しか頼れない。
2.この雪渓は、赤旗がないと、ガスがでたらパニック状態になる。
3.山頂直下の雪渓を下るとき、深い沢に下らないこと。また、雪渓が尾根全体を覆う場所では、尾根の反対の沢に入らないこと。さらに、三匹穴の慰霊碑の薮を見過ごして下ると、一つ左の支尾根に入ってしまう。この慰霊碑の薮を確認し、必ず横断して、この尾根を下る。
4.三匹穴を下り始めると、複数の支尾根がある。左側に位置をとり、枯松峰への尾根を確認して下る。
5.西俣ノ峰の合流点からしばらく下ると、尾根筋をまっすぐに降りると支尾根にいくことになる。本来の道は、左の急斜面を下る。
このコースは、雪庇歩きを楽しめるが、ホワイトアウトになるととても危険なので、他人には勧められない。